google.com, pub-6886053222946157, DIRECT, f08c47fec0942fa0 日 光 讃 歌: 日光讃歌(68)信仰の地  「滝尾神社・三本杉」

2013年10月10日木曜日

日光讃歌(68)信仰の地  「滝尾神社・三本杉」






日光讃歌(68)信仰の地  「滝尾神社・三本杉」




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写;滝尾三本杉
  滝尾三本杉鳥居  三本杉の前に立つ女峰山の遥拝鳥居




本殿裏手に隣接して三本杉という御神木があり、こちらも鳥居つきの玉垣に囲まれていて、神聖な地であることが判る。 

弘法大師が修行していた頃、田心姫神が立ち現れた場所といわれていて、この三本杉の間を通してご神体の女峰山を拝むのが慣わしとされている。
現在の杉は2代目だといい、倒れた親木はそのままにしておく慣わしで、今でも、下の樹がそのまま横たわっている。


案内板によると、
『 弘法大師が、この山で修行をした時に田心姫命が現れた場所と伝えられる。初代の杉は1699、1747、1749年と相次いで倒れ、現在の木は2代目である。倒れた親木は、そのままにしておく習わしで、今も横たわっています。この神木の霊験を示す話があり、寛文7年(1667)鶏頭院山舜の下僕が、この神木を小さいと馬鹿にして、神罰を被ったという』と記されている。 



付近の「無念橋」は、三本杉を通してご神体の女峰山を拝むために、自身の身を清め俗界と縁を切るための橋だったとされ、元より、神聖な境内において、更に一歩踏み入って自身を浄化させ、清新な気持ちになって祈願する「結界の橋」でもある。

一方、祈願しても思いが届かず、無念の思いで戻る、「戻り橋」とも言われる・・?、名前だけ聞くとちょっと複雑そうに聞こえるけど。
確かに、水の無い乾いた溝に石造りのしっかりした太鼓橋が架かっていてで、橋の長さは1mにも満たない。


案内板によると、『 三本杉を通してご神体山の「女峯山」を遥拝するため、自分の身を清め俗界と縁を切ることを意味する橋であった。 だが、何時の頃からか己の歳の歩数で渡ると女峯山頂奥宮まで登ったことになり、又、願がかなえられると言われるようになり、「願い橋」とも呼ばれる 』とある。






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